振袖少女
「振袖少女」
時は明暦、将軍のお膝元・江戸。
後の世で「江戸三大大火」とも呼ばれる最大最悪の火事がようやく鎮火した。
何万の人が焼け死のうと、あやかしたる彼らの営みには大きな影響は及ぼさない。
人間はしぶとい。そのうちに復興するのだろうと、思って見ていれば。ある朝を境に、「焼け落ちたはずの町」がまるで何もなかったかのように綺麗に元通りになっていた。
かと思えば、また幾日か後に最悪の火事が町を嘗め尽くす。
カッチ、カッチ、刻む音が何を示すか、彼等はまだ知らない──。
CoC非公式拡張ルール・あやかしクトゥルフ使用シナリオ
舞台:江戸時代初期(明暦3年/1657年)/シティー
推奨人数:2~4人
推奨スキル:探索スキル全般・戦闘系スキル全般
推奨技能:とくになし
※特に必須技能・スキルはないが、程よく人里に溶け込めるあやかしだとやりやすい。
参加条件:江戸時代初期を舞台とする為、現代で400歳以上のあやかしであること。またその時点で江戸近辺を活動拠点としていたあやかしであること
‣明暦(めいれき)
1655年~1658年の年号。江戸幕府は4代目将軍、徳川家綱公の治世。
文化としては松尾芭蕉や井原西鶴、近松門左衛門などを抱える元禄文化よりも以前、寛永文化の直後。町人特有の文化が花開く直前の頃の時代である。
この時代に起きた江戸の広範囲に被害を及ぼした火事、明暦の大火を期に江戸の町のインフラ整備が大きく改革された。
本編
■導入
時は明暦3年。徳川の幕府の始まりから五十年余りが経った、4代将軍家綱公の世。
正月の慌ただしさもようやく落ち着いてきた睦月の中ごろ、史上最大最悪の大火が江戸の町を嘗め尽くした。
あやかしたる探索者たちは焼失した町を眺めつつ、けれどそのうちに人間は元の営みを取り戻すのだろうと考えていた。
しかし、火事が収まって幾日もしない朝。
焼けたはずの町も、城も、全てが何もなかったかのように元に戻っていた。
人間たちの生活も火事などなかったかのように平和なものだ。
夢でも見ていたか、化かされていたのだろうか。
不思議に思いつつも日々を過ごしていると、また幾日か過ぎた後にまたも大火が江戸の町を覆った。
"戻っている"のだ。と、はっきり認識したのはその現象が2度目となった時。
探索者たちはようやく調査に乗り出す。
◆大火について
まずは知識を振らせ、火事についての情報を開示する。
《知識》
まずは明暦3年1月18日、未の刻(14時頃)に本妙寺より出火。その火事も収まりかけた1月19日の巳の刻(10時頃)に新鷹匠町から、さらに同日の申の刻(16時頃)麹町からも出火し、それぞれに燃え広がり、翌日になってやっと大半が鎮火した。
この3つの火事が短時間に連続して起こり、それにより被害が広がった。実に江戸の町の6割が焼失し、江戸城の天守閣も焼け落ちたという。
死者は少なく見積もったとしても数万には上るだろう。
なおループ内は「火事が起こる前の世界」である為、基本的に探索や聞き込みで火事の情報を得ることは出来ない。
例外としてループの記憶を有する雪片だけは、尋ねれば知っていることを教えてくれるかもしれない。
[雪片の知っているかもしれないこと]
・三月(みつき)程江戸の町には雨が降っておらず、非常に乾燥した気候だった
・最初の出火元である本妙寺では、何らかの焚き上げ供養を行っていたようだ
■探索について
[探索ルール]
・戻ってくるのは火事の3週間前。(明暦2年12/27)
・探索者たちがループを認識してから、2ループ目から探索は始まる。
・探索は1週間で一区切りし、そのうち昼探索と夜探索が存在する。「第2ループ・1週目 昼」「第2ループ・3週目 夜」等と表す。
・昼と夜で同じ場所でも様子が変わる。昼は人間に、夜はあやかしに出会いやすい。
・昼夜どちらから先に行ってもよく、両方の探索を消費すると次の週間に進む。
・3週目の昼・夜探索を消費すると火事が起こり、次の周回…ループへ進む。
・つまり、6か所探索するとでループが進むことになる。
・また、ループが進むことが条件でフラグが解禁されるイベントもある。
・なおループ期間中に年明けを含むが、それによる探索への影響はあまり考えなくて良い。(商売や寺の忙しさ云々等)
※ループの際、1/1d6の妖力を削られる
最初に振った知識に成功すれば、「本妙寺」「新鷹匠町」「麹町」の三か所が初期開示される。
(もし知識に失敗した場合でも、最初の出火元が本妙寺であったことは知っていて良い)
以降は探索により行ける場所が増えていく。
[探索候補]
本妙寺
└本郷丸山に位置する寺。火事の最初の出火場所。
新鷹匠町
└小石川周辺の町。二箇所の火事の火元。
麹町
└三箇所目の火事の火元。
遠州屋
└麻布に位置する大店の質屋。
呉服屋
└浅草、浅草寺にほど近い呉服屋。
上野
└遠州屋、梅乃の家の墓地のある辺り。
なお江戸の人間・あやかし共にループの自覚はなく、火事の話をしても不思議な顔をされる。あやかしであれば「予言か? まあ用心しておく」などと応えてくれるが、特に情報が得られるということはない。
新鷹匠町・麹町の探索はさほど重要ではない為、KPは状況により探索者が拾い損ねた情報を救済として出してもいい。
解決までは江戸の外に出ようとしても出られない。もし探索者が探索を諦め江戸の外へ逃げようとしたら対応すること。
◆本妙寺
本郷丸山に位置する寺。火事の最初の出火場所。
梅乃の供養や、後を追うように亡くなった2人の娘、および振袖の供養を行っている。
[昼]
寺の者から話を聞ける。
(1週目)
・葬儀の片付けを行っている
・寺の者に話を聞けば、麻布・遠州屋の娘の葬儀であったことを教えてくれる
・齢16の娘で、病死だったらしい
・麻布の遠州屋といえば、質屋の大店である
(2週目)
・葬儀の片付けを行っている
・先週の遠州屋の娘に続いて、若い娘の葬儀が続いている
・新鷹匠町の近くに住む娘だったという
・先週まで健康であったはずなのに、急な病で亡くなったそうだ
(3週目)
・葬儀の片付けを行っている
・先々週の遠州屋の娘、先週の新鷹匠町娘に続いて、毎週若い娘の葬儀だ
・麹町に住む娘だったという
・新鷹匠町の娘と同じく、先週まで健康であったはずなのに、急な病で亡くなったそうだ
・祟りめいたものを感じる為、最初の遠州屋の娘の遺品を供養する予定である
[夜]
人間は多くが寝静まっているが、夜は大入道が闊歩している。
入道からは寺の者から聞ける情報の他、梅乃を指して「死者の匂いが希薄であった。確かに人の骸だというのに、まるで絡繰人形のような印象があった」と教えてくれる。
◆新鷹匠町
現在の文京区小石川辺りにあたる一角。二箇所の火事の火元。
大番与力の宿所がある。
[昼]
数人の与力が常駐している。
(1週目)
・与力の一人である若者と恋仲の町娘がよく顔を出していたが、今週はまだ来ていない。噂によると急な病だそうだ
(2週目)(3週目)
・与力の一人と恋仲であった娘が亡くなった。健康な娘であったのに、急な病にかかりほんの数日で亡くなってしまったそうだ
・遺体は本妙寺で供養された。形見は一部店に売りに出されたそうだ
[夜]
夜番で起きている与力がいる。また傘の付喪神…唐傘お化けがいる。
聞ける話は昼間と相違ない。
※大番与力は非常にざっくり言うと江戸幕府の警察のような役人。
◆麹町
江戸城半蔵門から西側へ伸びる町の一角。三箇所目の火事の火元。
[昼]
町人に話が聞ける。
(3週目)
・先週浅草の服屋で振袖を買った近所の娘が、急な病にかかり数日でころりと亡くなってしまった。
・噂によると前の持ち主も同じように亡くなっているらしい。その振袖は本妙寺で供養が行われるそうだ
[夜]
人気はない。任意の妖怪から話が聞けて良い。
◆遠州屋(梅乃の家)
麻布に位置する大店の質屋。
常であれば多くの客が出入りし活気があるはずだが、1週目は喪中であり営業を行っていない。
2週目以降は営業は行っているが、お悔やみの言葉などを言いに来る客などがちらほらいるばかりであまり活気はない。
なお主人や化け猫はループ空間の影響により、娘の着物の柄を忘れてしまっている。心を見抜くや意識を奪うなどを使っても、この情報を得ることは出来ない(着物の柄については呉服屋に行き直接確認するしかない)
[昼]
愛娘・梅乃が急死したばかりで喪に服している。たぶらかすなどを使ったり、言いくるめなどを行えば家人から話が聞ける
(全日共通)
・娘は叶わぬ恋に臥せり、そのまま亡くなってしまった
・上野に墓参りに行った際、一目見た相手に懸想したようだ
・娘が想い人のものと同じ柄で仕立てた着物は、娘の死を思い出す為浅草の呉服屋に売ってしまった
・新品同然で仕立てのいい品でもあった為、比較的すぐに買い手がついたようだ
・身体はあまり強くなかったが頭の良い子で、男子顔負けに読み書きが出来た
・商売で預かった、買い取った難しい本なども好んで読んでいた
・亡くなる前の数日、粥などもろくに食べずに振袖を抱え、本を読み耽っていた
(2週目)
・娘の振袖を買ったどこぞの娘が、その数日後に亡くなってしまったらしいという話を聞いた
・振袖は再び同じ店に売りに出されると聞いた
(3週目)
・娘の振袖を買った2人目の娘も亡くなったそうだと聞いた
・その娘の親の気持ちを思うと胸が痛いし、2人目ともなると祟りめいたものを感じる
・愛娘の祟りなどとは考えたくないが、振袖は娘の葬儀を行った本妙寺に焚き上げ供養を頼むつもりである
[夜]
夜に訪れた時には家人は寝静まっているが、部屋の探索は任意に行える。
また、話が聞きたいならこの家に住む化け猫に会える。
化け猫が梅乃について知っている話は、家族から聞ける話とそう変わらない。
娘の死については、「どうせ死ぬなら私が喰らってやればよかった」などと笑ってみせる程度だ。
◆梅乃の部屋
昼でも夜でも、探索者が提案すれば遠州屋の探索の延長として入ることが出来る。
昼間でも家人に対人スキルでも使えば丸め込めるし、霊体化や影渡り、鏡界移動などを使えば見とがめられることもない。
夜もそのまま入ることが出来るが、光源はないので夜目が効かない限りは怪火などの明かりが必要だろう。
(描写)
まだ片付けきらない部屋だ。
町人とはいえ大店の娘らしく不自由のない生活を送っていたようで、箪笥には華やかな着物がいくつも収められている。
一方文机と本棚も置かれていて、本棚にはぎっしりと本が詰まっている。
本棚には《目星》《図書館》が可能。成功すれば「梅乃の日記」と「古い綴じ本」を見つける。
▼古い綴じ本
《母国語》に成功すれば読み解けるが、難解な内容である為探索時間を1回分消費する。
『絡繰仕掛けの神』についてのページを開示する。
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[古い綴じ本]
(記述が破られている)──という方法により、絡繰仕掛けの神を降臨させることが出来る。
彼の神は時計仕掛けの身体をしており、すべての絡繰・機械を司る。最も優れた絡繰機械を操る力を持っている。
この時計仕掛けの神の力を借り、時を自在に操り、留める術を編み出した。
けれどこれは術者の魂を削るほどの危険な術である。魂をより多く消費するほどより広範囲の、長い時間を操り、留めることが出来るだろう。
もしこの術を試みる者がいるなら、術者を複数集めることが望ましい。もし無謀にも単独で術を行使しようとするならば、この術は術者の死を招くであろう。
──────────────
▼日記
流麗な字で綴られている。光源さえあれば、最近の記述を読むのに時間はかからない。
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[梅乃の日記]
上野におばあさまの墓参りに行った時、お寺の近くでとてもきれいな殿方とすれ違いました。
■■■■(塗り潰されている)の鮮やかな羽織よりも華やかな、けれど雪や月の光のように儚げな御方でした。
ほんの一瞬、ちらりと振り返った時に合った視線に、鼓動が止まるかと思ったくらいでした。
かあさまに声をかけられるまで、本当に時が止まったかと思っていたのです。
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寝ても覚めても、上野で見かけたあの方のことが心から離れない。
これが物語や歌で聞いた恋というものなのでしょうか。
なんとつらく苦しく……毒のように甘いのでしょう。
近頃は食事もあまり喉を通らず、かあさまや奉公人たちを心配させてしまいました。
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様子のおかしな私を心配してくれたかあさまに、名も知らぬ、一目お見かけしただけの御方に恋をしたのだと打ち明けました。
かあさまは困ったように、それだけでは相手を探すことも出来ず、どうにもならないのだから忘れてしまいなさいとおっしゃいました。
諦められるなら、忘れられるならとっくにそうしているのです。
そう訴えると、困ったような顔で抱きしめてくださいました。
やさしいかあさま。心配させてしまってごめんなさい。
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かあさまからお話を聞いたとうさまが、そんなに忘れられないのならばせめてとあの方の纏っていた■■■■の羽織と同じ柄の振袖を仕立ててくださいました。
この振袖を見ていると、あの方がお近くにいらっしゃるようで、でも居なくて。
とうさまのお気持ちは嬉しいけれど、これでは忘れるどころか想いは募る一方です。
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振袖を胸に抱きながら何度も考える。
あの方は今どうしていらっしゃるのでしょう。
私の知らぬ誰といるのでしょう。
くるしい。胸が焼かれるよう。
会いたい。
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思い余ってまた上野へ行ってみたけれど、あの方はいらっしゃらなかった。
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今日もいない。
やはりあの時でなければだめだったのでしょうか。
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以前、とうさまに売り物にならぬと譲っていただいた本を思い出しました。
難しい本だけれど、必要な場所だけならば読み解けるはず…。
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絡繰仕掛けの神様。
どうか、私をあの時に戻してください。
あの方にあいまみえたあの一瞬の時に。
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許されぬことだとわかってはいるのです。
けれど今の私にはこの恋しかない。
これは私のすべて。私だけの、恋なのです。
私は、あの時間を永遠にしてしまいたい。
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◆呉服屋
浅草の呉服屋。梅乃の振袖が売られた店。
出回っている振袖はループが開始された時点で分体にすり替わっている為、探索者たちが回収しても町娘たちの死や火事を食い止めることは出来ない。
ただし此処で実際に振袖の柄を見ておくことで、雪片の存在へ迫る布石となる。
[昼]
番頭が接客をしている。普通に話を聞くことが出来る。
(全日共通)
・元々振袖を仕立てたのはこの店で、店に一枚しかなかった「荒磯と菊柄」の振袖を遠州屋の主人が娘の為に買って行った
(1週目)
・振袖のことを尋ねれば、新鷹匠町の娘が買って行ったことを教えてくれる
(2週目)
・新鷹匠町の娘が亡くなり、この店に戻ってきたと言われる。探索者が見たいといえば実物を見せてくれる
・振袖を見せてもらうと、「いわくつきではありますが綺麗な品です。お安くしますよ」などと勧められる。
・探索者が望めば購入することも可能
(3週目)
・探索者が振袖を購入したしていないに関わらず、麹町の娘が振袖を買って行き、また数日後に亡くなった話を聞かされる
・流石に短時間でこれだけ不幸が続いた品をまた売るわけにもいかず、最初の持ち主の遠州屋の意向もあり本妙寺で供養する予定だ
・探索者が振袖を買っていてその話をしたとしても、「麹町の娘さんにお売りしましたよ」「よく似てますが、うちの品ではないのでは?」と不思議そうにされる(心理学などしても嘘を言っている様子は見られない)
[夜]
人は寝静まっているが、反物に紛れて一反木綿がいて、話を聞くことが出来る。
店の人間ではない為2週目の一反木綿が振袖の購入をすすめることもないが、探索者が持っていくことを咎めもしない。
◎振袖
荒磯と菊柄の鮮やかな振袖。あまり着られた形跡はなく、幾人かの手を渡った品にしては綺麗な状態である。
一見普通の振袖ながらよくよく検めてみれば奇妙な妖気を発している。
生き物…付喪神にも近い気配を感じるが、意思はないようだ。
最初に触れた探索者は、1/1d4の妖力を奪われる。
(探索者が着用した場合、探索区切り毎に1/1d6の妖力対抗が発生し、妖力を吸い上げられる。これは着用している間ずっと続く。)
※持ち主が亡くなり売り出された振袖は、梅乃の核となっている振袖本体ではなく、生み出された分体・落とし子のような存在である。
個体としての自我はないが、新たな持ち主となった同世代の少女の精気を数日の間に吸い上げ、殺してしまう。
いずれのループでも2週目ならば探索者が先回りし、店から買い上げることは可能であるが、分体故に大元を経つことは出来ず、また新たな分体が生み出され少女を憑き殺す。
なお振袖の存在はループ空間の構成に重要なものである為、関わる人間の記憶や梅野の日記からは着物の柄に関する一部記録が抹消されている。しかし同時に分体も妖力を集めるのに必要な存在なので、直接見て確認することは可能。
基本的に2週目の呉服屋でしか実物は確認が出来ない。
◆上野
[昼]
雪片とのフラグを満たしていない場合、適当に人間がいる。
「荒磯と菊柄」の羽織の男、について訊けば人間たちは「知らない」と応える。
[夜]
雪片とのフラグを満たしていない場合はすねこすりがいる。
「荒磯と菊柄」の羽織の男、について訊けば見かけたことがある、と話してもらえる。種族はわからないが人型のあやかしであったことを教えてくれる。
●雪片との遭遇
発生条件
・第3ループ以降
・梅乃の振袖の柄を確認している
・梅乃の恋の話を聞いている
以上の条件を満たした上野の昼もしくは夜探索で、探索者以外では唯一ループの自覚を持っているあやかし・雪片と邂逅する。
彼と話をし、ループを共有して協力を依頼すれば、同行もしくは協力関係を結ぶことが可能。
[昼・夜]
(描写)
道の向こうから一人のあやかしが歩いてくることに気付く。
それは「荒磯と菊柄」の羽織を羽織った、見目麗しい青年の姿のあやかしだ。
通りの向こうからやってきた彼も此方へ気付いたようで、きみたちに声をかけてくる。
(雪片・台詞例)
「なあ、あんたらは、もうすぐ江戸の大半を焼き尽くすような火事が起こるんだって言ったら、信じるか?」
「やっとそれを知っている相手に会った!」
「あんたらも『繰り返して』いるのか!?」
「どうやったらこれを抜け出せるのかがわからないんだ……他の奴ら、人間にもあやかしにも繰り返しなんて知らんと言われるし…!」
「このカラクリはわからないが、出来れば協力して欲しい。此処へきてやっと会えた、繰り返しを知っている相手だしな」
「俺の名は雪片(ゆきひら)。下野の山に生まれ今は江戸に根を下ろす、雪に連なる眷属だ」
++++++++++++
【雪片(ゆきひら)】
種族:雪男
STR:14 DEX:11 INT:13
CON:14 APP:16(18) POW:18
SIZ:12 EDU:15 妖力:70
HP:26 DB:+1d4
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特記:追跡、天文学、サバイバル(山)に+20
身体:APP+2、雪や氷によるダメージは最低値、炎による攻撃は最大値になる。また、天候「雪」の場合技能成功率に+10%のボーナス
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冷気 70%<3マス/雪氷/単体>:冷たい冷気を出して対象を凍らせる。1d6のダメージ
誘惑 75%:相手に色目を使って思い通りに動かす。異性相手に限り<説得><言いくるめ><信用>の代わりとして使用できる
<3マス/なし/単体>戦闘で使用する場合、異性の敵にのみ<APP*5>に成功した場合、技能成功率を50%減少させる。
回避 50%
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雪女と同じ性質を持つ「雪男」。仲間内での縄張り争いに敗れ、また山には獲物も少ないことから(雪山に一人で入る女は、男ほど多くはない)江戸の町に根を下ろし、人に紛れていたあやかし。
種族の例に漏れず見目麗しい青年の姿をしており、人里だからと鮮やかな羽織を身に纏っている。
ちなみに外見年齢は20歳前後、実年齢は100歳程。
++++++++++++
●噂『上野のカラクリ音』
発生条件
・第3ループ以降
・梅乃の恋の話を聞いている
発生場所は問わない為、情報の少ない「新鷹匠町」「麹町」を訪れた際にでも積極的に発生させてよい。
▼噂
人間・あやかし問わずにこのような話を知っているか?と探索者に噂話を振ってくる。
内容は、
「近頃、上野の墓地近くで毎夜おかしな音が聞こえる」
「カッチ、カッチとカラクリのような音だそうだ」
「音はすれど誰の姿も見えず、当然カラクリ細工など近くにあるはずもない」
あやかしはさらに、
「妙な妖気はする気がするが、霊体化でもしているのか姿が見えたことはない」
「付喪神のあやかしにしてもおかしな感じ」
と語る。
■最終局面
・雪片と同行している、または協力関係を結んでいる
・梅乃の部屋の魔導書、日記を読んでいる
・噂『上野のカラクリ音』を聞いている
以上の条件を揃えいずれかのループ・週の上野の夜探索へ向かうと梅乃との対峙に移行する
(描写)
上野の夜は静かである。
乾いた空には月はなく、ただ僅かな星明りだけが道を照らしている。
その闇の中に、夜の中に生きるひとならぬ者の影。
雪片を伴いその地に立てば、待っていた、と言わんばかりにカッチ、カッチと時計仕掛けの音がする。
カッチ、カッチ、チック、タック、チック、タック
その音は歓喜するかのように大きくなっていき……やがて夜の闇の中から、ひとりの少女(おとめ)が現れた。
荒磯と菊柄の振袖を纏った、花も恥じらう年頃のうら若い娘。
カッチ、カッチ、チック、タック、チック、タック……
耳に響く絡繰のその音は……その娘から、その肌の下から聞こえてくるような、気がした。
霊とも、あやかしとも、絡繰ともつかない娘の異様な雰囲気に触れた探索者たちは、1/1d8の妖力対抗。
「お逢いしとうございました…」
感極まったような声がその花の唇からこぼれる。…鈴のような軽やかな声は、けれど喋るたびに同時にカチコチと機械的な音を鳴らした。
「ああ、でもまだ足りない。足りぬのです」
「これはわたしの望んだ永劫ではありません……」
「わたしが留めたかったのは、あの出逢いの一瞬。刹那。……わたしが恋に落ちたその瞬間」
「どうか。どうかご容赦を。……繰り返し繰り返し、少女の命を得てもまだ足りぬのです」
カッチカッチ、少女から音が聞こえる。
彼女は雪片を見つめ……探索者たちに手のひらを向けた。
ぶわり、とそこから灼熱が零れ出す。
■戦闘
終了条件は二種類
・戦闘で梅乃を撃破する。但し梅乃はループ回数が多いほど強化される
・雪片に梅乃の想いを昇華させるよう説得する(例:少女を抱きしめるよう働きかけるなど)
どちらを選んでもトゥルーエンドである。
少女の一世一代の恋に一片の救いを与えてやってもいいが、勝手にループに巻き込まれたあやかしたちがそこまでし立ててやる義理などないと言われればそれまで。探索者の選んだ道が真である。
PLが行動に迷う場合は、KPはこの事を伝えても構わない。
++++++++++++
【梅乃 時計仕掛けの少女】
STR:15 CON:20 DEX:11
SIZ:11 APP:13
HP:16 db:+1d4
----------
熱放出 70%:1d6+2 炎属性ダメージ(3ループ目で命中70%。ループが嵩む程に+5%ずつされていく)
こぶし 60%:1d3+db ダメージ(3ループ目で命中60%。ループが嵩む程に+5%ずつされていく)
回避 22%
装甲:3ポイントのカラクリ
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STR・CONはチクタクマンと同化することにより生前よりも高くなっている。
恋に死した齢16の町娘。自ら時計仕掛けの身体となり、江戸の町の時間をループさせている。
念の籠った振袖を焼かれ、火の属性を帯びた。
++++++++++++
戦闘中、梅乃は雪片を対象にした攻撃は行わない。
(戦闘終了)
「……ただ、わたしは」
「もう一度、お逢いしたかったのです」
「一方的な一目惚れなど承知の上」
「ただの一度、姿をお見かけしただけ」
「貴方様がヒトではないとは死してから知りました」
「それでもわたしには、」
「少女(おとめ)の短い一生に一度の、身を焦がす恋だったのです」
「…………」
「梅乃」
青年が、少女の名前を呼んだ。
本来であれば、知る筈のなかったその名を。
少女の顔を見て。真っすぐに。
「……ああ」
「わたしには……それで、充分でございます」
時計仕掛けの音が止まった。
少女を形作っていたものは、ほろほろと光に溶け崩れていく。
「人間の娘っていうのは、面倒だな。勝手に惚れて来て、勝手にこんな面倒な事態へ巻き込んで。俺のことなんて考えもしない」
「……まあ、でも次は、ころっと逝っちまうようなやわな娘じゃなく、もっと丈夫な娘にでも生まれてこいよ」
ぽつりと呟かれた雪片の声と共に、視界が揺らぐ。
一瞬、強烈な目眩に見舞われる。
……
…………
………………
気付けば、探索者たちと雪片は焼け野原となった江戸の町に立っていた。
梅乃の存在は時の彼方へと消えたが、何万もの死者を出した大火が無かったことにはならない。
この大火の真相は、ごく一部のあやかしの胸にのみ秘められていくのであろう。
シナリオ「振袖少女」 これにて閉幕。
[クリア報酬]
生還 1d10 妖力回復
梅乃の未練を昇華したor絡繰仕掛けの神を撃破した 1d6+4 妖力回復
背景・補足
■背景
質屋の娘、梅乃は道行く男に一目で恋をした。
流行の、歌舞いた派手な着物を着た美しい男だった。
名も知らず、声も知らず。
ほんの一瞬、道で姿を見かけただけ。
寝ても覚めても、彼の纏っていた着物に似た柄の振袖を仕立てても、男のことが忘れられぬ彼女は遂にこう考える。
「あの時一目見た、あの瞬間に戻れれば、また彼にまみえる事が出来るのではないか」
彼女には店で見つけた一冊の本があった。
それは以前父に「意味が分からなくて商品にならない」と言われた小難しい本で、戯れに勉学好きの梅乃が譲り受けたものだ。
古の術師の書いたものであったのか、様々な「術」の記されたそれの中に、時を戻すという術があった。
頭は良くとも病弱であった娘は絡繰仕掛けの神…チクタクマンの招来とその力による時間制御にPOWを注ぎ込み尽くし、そのまま人としての命を落とす。けれどその未練は振袖を媒介に、霊とも付喪神とも…チクタクマンの核とも呼べる異質な存在と成り果ててしまった。
そして術は成された。彼女の意図とは少々違う形で。
江戸の町は梅乃の死の直後から、彼女の振袖を原因とした火事が起こるまでを繰り返す時の檻となる。
彼女の恋い焦がれた彼──あやかしの一人であった男と、数人の彼の同族を閉じ込めた檻に。
繰り返す檻の中で、人ともあやかしとも言えぬ存在となった梅乃は振袖を媒介に娘の魂を奪い、力を増やしながら待ち続ける。
焦がれた彼に再びまみえる時を。
■シナリオ補足
みんな! 亜種特異点江戸ルルハワだよ!! 某ソシャゲの極道入稿に合わせてループもののあやクトゥを。
江戸時代で振袖火事とかやってみたいな、と思ったのでテーマはそれで。基本的に原典をなぞりつつ、シナリオ都合で整形してます。
やたらと娘たちが死ぬペース早くない?っていうのと、年末年始ひたすらループするの大変じゃない?ってのだけ「シナリオだから!」の都合で大目に見ていただきたいポイント。
なおシナリオタイトルは「ふりそでおとめ」と読みます。
■参考
クトゥルフ神話TRPG 基本ルールブック
マレウス・モンストロルム
クトゥルフ・フラグメント
怪談『振袖』/小泉八雲
wikipedia 明暦の大火
18/11/17 データ微修正
18/9/7 公開
18/9/2 テストプレイ
- 最終更新:2018-12-17 00:47:03